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馬は神様からの授かりもの    世界史小ネタ 第93回 

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馬ほど世界史に大きな影響を与えた動物はいないでしょう。人を乗せて疾駆する能力は現在の自動車以上かもしれません。ガソリンエンジンが登場するまで、「馬力」は交易路と戦場の主役であり続けました。
 

野生の馬を最初に飼いならし、有力な人間の隣人に育てたのはスキタイだと言われています。スキタイは紀元前6~5世紀ごろ、黒海北岸に史上初の遊牧国家を建設しました。彼らが創出した馬具や騎馬戦法は周辺の遊牧民ばかりでなく農業民にも大きな影響を与えることに。
 

例えば、アッシリアやペルシャの帝国は優れた騎馬技術なしに成立しなかったと言われてます。ギリシャ神話の、海の神ポセイドンがもともと馬の神であったことは知られていません。ギリシャ人たちは海に浮かぶ「馬」としての船を駆使し、史上まれに見る海洋民族となりましたが、その元をたどれば馬を操る民族でした。
 

ローマ時代、人々を熱狂させたのは4頭立ての馬の戦車レースでした。民衆娯楽の象徴「パンとサーカス」の「サーカス」とは「円形競技場」(circus「キルクス」)のこと。これは長い年月を経てやがてイングランドで「サーカス」として復活しますが、たしかに円形の場内で馬の曲乗りを見せるショーでした。
 

イギリスでは今でも長距離バスのことを「コーチ coach」といいますが、もともとは乗合馬車のことを指しました。面白いのはその語源が、ウィーンとブダペストを結ぶ街道の村コチュ(Kocs)に由来することでしょう。
 

16世紀の初めオスマン=トルコの鼻息が間近に迫っていたころ,ハンガリーのこの小さな村は、荷馬車を改良して作った乗合馬車の製造で繁栄しました。一時はヨーロッパの馬車の九割がハンガリー製だったとか。今日のドイツ語の Kutche、 フランス語の coche、そして英語の coach はすべてこの村の名前から。
 

アメリカでは stagecoach という言葉が生まれ、日本で「駅馬車」と訳されました。Aircoach とは飛行機のエコノミー・クラスのこと。ちなみにスポーツなどでよく使われる「コーチ」も同じ綴り。これは19世紀ごろのイギリスの学生たちが「目的地に連れて行ってくれるもの」という意味で、家庭教師を「coach」 と呼んだことから使われだしたそうです。
 

イギリス人と馬の深い関係を象徴するのが競馬でしょう。サラブレッドとは、18世紀ごろのイギリスでアラブ馬などを元に品種改良された競走馬の王様。現在年間に11万頭ほど生産されてますが、その父系祖先をたどっていくと、バイアリーターク、ダーレイアラビアン、ゴドルフィンアラビアンという、17~18世紀の3頭のサラブレッドに行き着くと言いますね。

日本ではあまり普及していませんが、ポロは結構人気のある馬上ホッケーです。約2500年前ペルシャの地で生まれました。広い草原で馬を操る腕前を競うこのゲームは、やがてチベットやインドへ広まっていいきました。「ポロ」とはチベット語で「Pulu」(ボール)の意味。
 

イギリス人がポロに親しむようになったのはそんなに古いことではないようです。インドに駐留したイギリス連隊がポロの面白さに魅せられ本国に持ち帰ったのが19世紀中ごろ。ポロはすぐにイギリス中に広がりました。20世紀初頭、ロンドンのハーリンガム・ポロクラブが一つのルールを作りましたが、これが今日のポロ競技の共通ルールになったとか。

もちろん「ポロシャツ」はポロ競技で着用されたからその名がつけられました。しかし、ウインブルドンを二回制覇したテニスプレイヤー、ルネ・ラコステが引退後の1933年、テニスシャツのデザインにこのポロシャツを取り入れると、たちまちテニスファッションとして定着していきます。クロコダイルのロゴで有名な「ラコステ」の誕生ですね。
 

ポロからもう一つスポーツファッションが生まれました。アメリカ人ジョン・ブルックスは、ポロに熱中する男たちのシャツの襟が風にあおられたり、ネクタイが激しい運動で回転しているのを見て、ボタンダウンシャツを思いついたといいます。この特別な襟のシャツはやがてハーバード大、コロンビア大などのアイビーリーグの学生たちに広まり、欠かせないファッションとして定着しました。

参考にしました

馬の歴史


馬の世界史


競馬の文化誌―イギリス近代競馬のなりたち


増補競馬学への招待 平凡社ライブラリー (537)

リンク


競馬学園
この中の「講義」に馬の歴史に関する面白いお話がたくさんあります