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フェニキア人 世界史小ネタ第9回

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フェニキア人は紀元前3千年ごろから交易、商業、航海の民として地中海で活躍。ローマに破れて忽然と姿を消しましたが、彼らがつくりだしたアルファベットや造船、航海技術、染色、ガラス加工の技術はその後の歴史を変えました。

フェニキア人の交易の目玉はレバノン杉。古代都市ビブロスの背後に広がるレバノン山脈は杉の名産地で、木材の乏しいエジプトなどへの貴重な輸出品になりました。逆にエジプトの金やパピルスがこの町を経てギリシャへ。「ビブロス」(Byblos)とはギリシア語の「パピルス」のこと。「バイブル」(Bible)の語源にもなりました。

杉はまた船材として使われました。シチリアのマルサラ考古学博物館には、1979年に発見されたフェニキア船の船底の一部が展示されています。けっこう大きなもので40人近い漕ぎ手を乗せました。船底の曲面は当時の技術水準の高さの証。これを駆って、遠くアフリカ大陸を周航し、北米にも達していたのではとする説もあるぐらい。北極星を発見したのも彼らでした。

シドン、ティルスは、「ムレックス」という巻き貝から採取した紫色の染料の産地。太陽の光に晒すと発酵して紫色になったとか。ローマ帝国では皇帝だけが着用できる「帝王紫」に。イギリスでは今も「ロイヤルパープル」として、皇室のオフィシャルカラーとなっていますね。

紀元前5世紀には、彼らの植民地はキプロスからスペイン東部にまで広がりました。現チュニジアのカルタゴは、ローマと争ったポエニ戦争で有名ですね。ハンニバルが象を引き連れてアルプス越えをし、8万のローマ軍をカンネーで殲滅した話はよく知られていますが、その象は彼らがファームで飼育したもの。

いっぽうで「幼児生け贄」や「cannibalism(人食い)」という、マイナスのイメージも根強くヨーロッパで流布されてきました。ポエニ戦争で痛めつけられたローマの文化人たち、例えばウェルギリウスやキケロが彼らのことをよく書かなかったからだといわれています。

フェニキア人の故地レバノンはイスラム化され、今ではアラビア語が公用語に。しかし文化的には人口の30%を占めるキリスト教徒が古代との絆を保っているようです。特に山脈側に多い東方教会の一つマロン派教会はフェニキア文化の数少ない伝承者です。かつてのフェニキア語はマルタ島で話されているていどだとか。

「フェニックス」は椰子の1種ですが、古くからエジプト人たちによって豊かさのシンボルとされてきました。フェニックス(phoenix)の語源はフェニキア人(Phoenician)。地中海を縦横に駆け抜けたフェニキア人によって広められたところからこう呼ばれるようになりました。

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リンク

  1. これしかない、というフェニキア人に関する総合サイト
    http://phoenicia.org/index.shtml
  2. アルファベットの歴史。
    Http://members.spree.com/
  3. マルサラ考古学博物館。フェニキア人の造船技術の高さを実感できます。
    http://www.ragusaonline.com/musei/mar
  4. カルタゴのサイト。
    Http://www.carthage.edu/outis/carthage.html
  5. ハンニバルのサイト。
    Http://www.barca.fsnet.co.uk/