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栄光のハンザ同盟 世界史小ネタ第87回

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自治都市と言えばイタリアですね。しかし中世のドイツ人は、それに負けない自由商業都市のネットワークを育てました。「海の帝国」ハンザ同盟です。

彼らが活躍したのは13世紀から17世紀にかけて。最盛期には150を超える都市が参加したとか。1370年にはデンマーク王国を跪かせて、北海・バルト海の盟主に。その中心リューベック,ハンブルク、ブレーメンの三市は今なお「ハンザ自由都市」を名乗っているほど。

警察もなければ、保険もない中世の時代。遠隔地商業は大変な危険を伴いました。海賊などの災難から身を守る唯一の方法は「連れ持って」移動すること。同じルートをたどる商人たちは自ずと結束を強め、ギルドを形成し、他者を排して交易を独占するように。

「ハンザの女王」リューベックの富の源泉はニシンでした。バルト海を隔てた対岸のスウェーデン沿岸は有数の産卵場。復活祭前の断食を厳格に守ってきたキリスト教徒にとってニシンは肉の貴重な代用品に。しかしせっかくの大漁でも生魚はすぐ腐ってしまいますね。この難問を解決したのがリューネブルクの塩でした。

リューネブルクはエルベ川中流に位置する町。純度の高いここの岩塩には「白い黄金」の名が。塩は樽に詰められ、エルベ水系の運河を経て、約100キロ離れたリューベックへ。この運河を管理していたのが下流のハンブルクの商人たちでした。塩漬けニシンが生み出す莫大な富(樽二つあれば家が1軒建ったとか)がリューベックとハンブルクを結び付けました。両市は13世紀盟約を交わしましたが、一説ではこれがハンザ同盟の発端に。

ハンザ商人たちは日常生活品を手堅く扱いました。ニシンのほかには、穀物、ロシアの毛皮、ノルウェーの干しダラ、ポーランドの木材、フランドルの毛織物など。これらは「コッゲ」と呼ばれた小型帆船に満載されて港から港へ。江戸時代の北前船に似てますね。ノブゴロド,ベルゲン,ブリュージュ,ロンドンには4大ハンザ商館が置かれ、ゴチック様式の館が軒を並べました。

活発な商業活動は都市に手工業を生み、ツンフトを育てました。16世紀ザクセンに始まった宗教改革をもっとも熱心に受け入れたのが、これらの手工業者たちだったとか。しかし改革をめぐる対立でドイツは引き裂かれ、三十年戦争(1618年~)という人類史上例のない無残な結末に。戦場となったハンザ諸都市は壊滅的な打撃を受け、オランダ、イギリス商人の台頭もあって、没落の一途をたどりました。

「ハンザ(Hansa)」は人々の記憶から消え去ったのでしょうか。いや、そうではありません。ドイツ語版 google で検索すると、いかに「Hansa」が愛されている名前かよくわかります。かつてのリューベックの盟友ロストクのプロサッカーチームは「FC Hansa Rostock 」。ルフトハンザ航空は「空のハンザ(Luft Hansa)」と名乗っているように。

参考にしました

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小嶋 三樹

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リンク

Http://www.bernhardkeller.de/Projekte/_Di
ハンブルクのGymnasium Blankenese の先生、Bernhard Keller氏のサイトから。ハンザ同盟に関する詳しい解説があります。

Http://www.holstentor.info/links.html
リューベック市の発展の歴史をヴィジュアルに表現しています。

Http://www.bremen.de/
ブレーメン市の公式サイト。歴史に詳しい。市庁舎のかたわらには名高い「ブレーメンの音楽隊」の彫刻が。

Http://fhh.hamburg.de/coremedia/generat
ハンブルク市の公式サイト。日本語でも読めるようです。

Http://members.aol.com/saltmuseum/
リューネブルクの「塩博物館」の公式サイト。

Http://www.kamper-kogge.nl/
コッゲに関するサイト。

Http://www.fc-hansa-rostock.de/
プロサッカーチーム「FC Hansa Rostock」の公式サイト。ブンデスリーガ1部所属。