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ハーレム・浴場・宦官 世界史小ネタ第84回

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優雅に湯浴みする美女、立ち上る芳香、官能的な踊り。でもこれは19世紀の西欧でつくられたイメージ。実際のハーレムでは血なまぐさい陰謀が飛び交い、数知れぬ悲劇が生まれました。

ハーレムとは「禁じられた」という意味のアラビア語から。バルカン半島を制したオスマン帝国は破竹の勢いでウィーンに迫りますが、そのころスルタンの後宮として「大ハーレム」が営まれるように。今も残るトプカピ宮殿の一角には400以上の部屋がつくられ、最盛期の住人は2000人を超えたとか。

世界各地の奴隷市場から集められた美女たちは「オダリスク」と呼ばれました。値段は馬の3分の1ぐらい。ハーレムの生みの親で、スレイマン1世の愛妾であったロクサレーナも元はロシア人奴隷。ライバルを蹴落としてスルタンの母親に上り詰めた彼女は数少ない成功者の一人でした。

映画「ラスト・ハーレム」は女たちの壮絶な闘いを描いています。主人公サフィエはようやくスルタンの寵愛を獲得しますが、生まれた子供は毒殺されてしまいます。狂わんばかりのサフィエを支えたのがナディールという黒人宦官。宦官はハーレムに欠かせないもう一人の主役でした。

彼らもやはり海外から調達された奴隷。黒人が中心になったのは、白人より手術の成功率が高かったから。消毒剤のない当時のこと、手術を終えた少年たちは、首まで砂漠の中に埋められ、熱砂で傷口が癒えるのを待たねばなりませんでした。

男を喪失した者の特権で宦官はハーレムの実力者に。やがて幼いスルタンや無能なスルタンを自在に動かして政治の実権を握ります。黒人宦官長は大宰相に次ぐ地位を獲得しましたが、それはスルタン制の腐敗の始まりでもありました。

オスマン帝国の力が目に見えて衰えた18世紀から19世紀にかけて、西欧では奇妙な「トルコ趣味」、「東洋趣味」(オリエンタリズム)が広がります。きっかけは『千夜一夜物語』の翻訳。モーツァルトらは「トルコ行進曲」を作曲し、アングルなどの画家たちはオダリスクやトルコ風呂を想像力豊かに描きました。

20世紀初頭、青年トルコ革命でスルタンが廃位されると、ハーレムにも閉鎖の命令が。「自由の身」になったはずのオダリスクたちは逆に路頭に投げ出されました。唯一の仕事はアラビアンナイト風に腰をくねらせるハーレムショー。400年間の宮廷を彩った誇り高き女性の末路としてはあまりにも惨めなものでした。

参考にしました

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リンク

Http://www.turkeyinmaps.com/index.html
トルコの古い地図。オスマン=トルコの拡大と衰退の様子が分かります。

Http://www.asahi-net.or.jp/~mf6t-tkhs
高橋 恒雄氏の「ろまねすくの海外旅行記」から(http://member.nifty.ne.jp/romanesque/)。トプカピ宮殿のハーレムの様子がよくわかります。

Http://www.ee.bilkent.edu.tr/~history
トプカピ宮殿の公式サイト。なぜか繋がらないときがあります。

Http://www.friesian.com/turkia.htm
歴代スルタンの詳しい系譜。

Http://www.humboldt.edu/~rmj5/e465oart.html
Robert Jeffers のサイト。アングルを初めとするオリエンタリズムの諸絵画が一堂に見ることができます。彼らの描いたものがそのままヨーロパ人のイメージになったようです。

Http://www.orientalist-art.org.uk/
同じく、オリエンタリズム絵画などを集めたサイト。これほど数多くのハーレム像、オダリスク像が残されていることにびっくりします。

Http://www.toride.com/~fengchu/
「宦官列伝」。主に中国の宦官を扱ったサイト。トルコの宦官との違いに注目してください。