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ドラキュラ現る 世界史小ネタ第82回

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100年前のロンドン子を震え上がらせた『ドラキュラ』。しかしこの小説にはワラキア領主ブラド3世という実在のモデルがいたことをご存じでしたか。帝都ロンドンと最果ての辺境を結ぶものとは。

ワラキアは現ルーマニアのドナウ川下流一帯。北の内陸部にはトランシルヴァニアの森が続きます。ローマ時代トラヤヌス帝が征服したバルカン半島のダキアとはこのあたりで、「ルーマニア人(ローマ人)」発祥の地でもありました。

15世紀になるとトランシルヴァニアは北のハンガリー人に占領され、コンスタンチノープルを陥れたオスマン=トルコは南からワラキアに迫ります。大国に翻弄されながらもルーマニア人を率いてよく闘ったのがブラド3世でした。

ブラドの得意はゲリラ戦。トルコ軍の陣営に夜襲をかけては、捕らえた捕虜を片っ端から「串刺し」に。この残虐ぶりが彼を有名にしたようですが、しかしこれだけで在位10年足らずの地方領主が「歴史的人物」に出世したとは思えません。

ブラドの矛先はドイツ人にも向けられました。当時トランシヴァニアは東方植民の最前線で、ドイツ人の旺盛な経済活動がルーマニア人を脅かしたからでした。この地とドイツの深い絆はハーメルンの伝承が証明しています。「笛吹男に操られた子供達はトランシルヴァニアに行き着いた」と。

同時に、西欧の人々にとって、トランシルバニアはトルコの征服を免れたキリスト教の「最後の砦」でした。クエーカー教徒ウィリア=ペンがアメリカに「トランシルヴァニア」をつくろうとして、「ペンシルヴァニア」の名が生まれたほど。

ひどい目に遭わされたドイツ人は、ブラド=ツェペシュ(串刺し公)、あるいはブラド=ドラキュラを誇張して描きました。ニュルンベルクの『ドラキュラ大将軍の血に飢えたる野蛮なる凶悪漢についての物語』のように。串刺され、悶絶する捕虜のかたわらで優雅に食事するブラドの図は確かに強烈ですね。

数百年の時を経て、アマチュア小説家ブラム=ストーカーが蘇らせたのもこうしたブラド像。それにしても、ブラド以上に残忍な人物は西欧にも山ほどいたはずなのに、「吸血鬼」の汚名を着せられたのが異境のルーマニア人であったところに、19世紀末の大英帝国の世界観がよく反映されていると思いませんか。

参考にしました

バルカンの亡霊たち
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《ドラキュラ公》ヴラド・ツェペシュ
清水 正晴

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リンク

Http://www.europe-z.com/tabi/ro199805/00.html
『ヨーロッパ三昧』の中の「春のルーマニア」。ブラドゆかりの地を回る旅行記。ルーマニアの詳しい歴史も。本サイトよりもずっと詳しいですから是非一読を。

Http://www.friesian.com/romania.htm
ルーマニアとローマの関係史。ルーマニアは「ローマ」から来ていますが、その起原は遠く、トラヤヌス帝のダキア遠征にまで遡るとか。

Http://www.donlinke.com/drakula/vlad.htm
ブラド=ツェペシュに関するサイト。

Http://www.literature.org/authors/stoker
ブラム=ストーカーの「ドラキュラ」の完全版。

Http://www.hameln.com/english/tourism/t
グリム兄弟の「ハーメルンの笛吹」。日本語版もあります。

Http://home1.tiscalinet.de/dracul/tepes%20stich.html
ブラドの名を不朽にした版画(ではないでしょうか)。串刺しされた捕虜の傍らで食事をとるブラド。