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コレラがつくった近代都市 世界史小ネタ第78回

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2階から無造作に投げ捨てられる尿、たちこめる悪臭。200年前のロンドンやパリは今からは想像もできないような不潔な街でした。ここに「青い恐怖」が襲いかかります。

だいたいトイレ自体があってないようなもの。17世紀のルーブル宮では訪問者が階段の陰で平気で用を足す始末。ヴェルサイユ宮殿では、もよおすと男女を問わず大庭園の茂みに駆け込みました。困った庭師は「立札」を立てましたが、これが「エチケット」の語源になったことはよく知られてますね(札を立てることをフランス語で「etiqueter」という)。

コレラはインドのガンジスデルタ生まれ。長い間身を潜めていましたが、19世紀にヨーロッパ人がアジアに大挙進出すると、それに刺激されたかのように突如大暴れ。イギリスには1831年上陸しました。

感染するとわずか数日で全身が青黒く干からび、75%が死亡するという恐ろしさ。原因など知る由もない当時の人々はペスト時代のかすかな記憶に頼りました。部屋のなかで火を炊いたり、街中を煙でいぶしたり。もちろん効果はありませんでしたが。

そんな中飲料水に疑いを持ち、調査を繰り返した人物がいました。イギリス人ジョン・スノウです。熱烈な禁酒運動家であった彼は特にアルコール類に注目します。確かにコレラはテムズ川南部の「飲んだくれ」の多い貧困地帯に集中していました。

しかしさらに詳しく調べてみると死亡者の大半は女性や子供達で、いつもアルコールでのどを潤していた男たちの被害はごくわずか。同じ飲料水でもアルコールではなく生水が犯人だったわけですね。以来ロンドンでは上下水道など都市環境の整備が急ピッチで進むことに。

コレラ被害の最も深刻だったフランスでも、都市改造は急務でした。これに取り組んだのがナポレオン三世。あの大ナポレオンの名声を利用して(実際は血が繋がっていないという説も)まんまと皇帝に上り詰めた男。

しかし彼のおかげで、ジャン・バルジャン(ユゴー『レ・ミゼラブル』)が逃走した下水溝は格段に太くなり、しかも総延長が5倍になり、パリは清潔感漂う「芸術の街」に変身を遂げました。

参考にしました

コレラの世界史
見市 雅俊

晶文社
1994-05
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リンク

Http://www2s.biglobe.ne.jp/~notujiya/toilet.html
ここの「学校では教えてくれないトイレの歴史」が大変参考になりました。

Http://www.ph.ucla.edu/epi/snow.html
ジョン・スノウにかんするサイト。当時のロンドンの古地図がたくさん出てきます。

Http://www.bacteriamuseum.org/species/choler
コレラに関するリンク集。

Http://www.plumbingsupply.com/to
トイレの歴史。窓から溲瓶の中身を投げる女性の木版画が。

Http://witcombe.sbc.edu/water/
パリの下水道。写真が多くあります。

Http://www.infoaomori.ne.jp/~yappi/w.history/
「楽しい世界史」のなかのナポレオン3世とユゴーに関する章。血の繋がり問題が触れられています。