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蘇るケルト文化 世界史小ネタ第75回

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今イギリスのファンタジーから目を離せません。「ハリー・ポッター」に続いて元祖トールキンの「指輪物語」が映画化され大ブレーク。でも妖精や魔法使いを育んだのはイギリスというよりケルトの文化でした。

アイリッシュルネサンスの提唱者でノーベル文学賞のイェイツは、「アイルランドでは妖精たちは、いまだに生き残っていて、心やさしい者たちには恩恵をあたえ、また、気むずかし屋たちを苦しめている」と。そう言えばアーサー王伝説やピーター=パンにも森の精や妖精が出てきますね。

ケルトは「 Celt 」と綴り、スコットランドのサッカーチーム「グラスゴーセルティックス」やアメリカのバスケットチーム「ボストンセルティックス」の名に。いずれもアイルランド移民のコミュニティが育てたチーム。このコミュニティからケネディ、レーガン、クリントンと3人の大統領が誕生しました。

ケルト人は西ヨーロッパの最初の住人たち。ライン川中流からドナウ川上流に住み、印欧語族ながらローマ人やゲルマン人と一線を画しました。紀元前9世紀から部族単位でガリア(現フランス)などに移動。パリの名はパリーシー族から、ベルギーの名はベルガエ族から。紀元前1世紀、ガリアのケルト人を討伐するために派遣されたのがカエサル。「ガリア戦記」はローマの元老院への報告書だったとか。

西に追われたケルト人たちはアイルランド島へ。さすがのローマ軍もここまで追ってこなかったようで、ケルト人たちの安住の地になりました。5世紀この島にキリスト教を伝えたのがパトリック(389~461頃)。彼の伝導の仕方は独特なものでした。ケルト人の魔術的な世界を否定せずに、それらを巧みにキリスト教的世界に取り込みました。これによってケルト人の想像力や感受性はキリスト教の中で生き続けました。例えば、メーデー(5月1日 今は労働者の祭りになっていますが)やハロウィン(10月31日)のように。

大陸がローマ帝国崩壊後の混乱の極みにあった時、アイルランドのキリスト教は黄金時代を迎えます。パトリックの後継者たちは島のあちこちに修道院を建設。信仰生活の傍らギリシャ語やラテン語の写本を行いました。6世紀から7世紀になると活動はスコットランドから北イタリア、中欧にまで拡大。レーゲンスブルク、ザルツブルク、ウィーンなどはアイルランド系修道院を中心に発展した町とか。

修道院の写本技術は『ケルズの書』などの独特の「装飾写本」を生みました。ヨーロッパ各地で豪華な写本は引っ張りだこに。8世紀後半フランク王シャルルマーニュは文字文化の復興を試みましたが(カロリング=ルネサンス)、やはりアイルランド製写本が頼りでした。イギリス人アルクィンは王に招かれてルネサンスの中心になった人物ですが、彼の師はアイルランド人修道士でした。

近代に入ってアイルランドが没落すると、ケルトの栄光の時代は忘れ去られていきました。しかしタイタニック号でアイルランド移民たちが踊った荒々しいダンスのように、ケルトの精神はたくましく根を張っていました。キリスト教的な世界観が行き詰まった19世紀末にアイリッシュ文学が復活を遂げたように、ケルトの奔放な感性が21世紀の現代に風穴を開けようとしているのではないでしょうか。

参考にしました

聖者と学僧の島―文明の灯を守ったアイルランド
トマス・カヒル

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リンク

Http://island.site.ne.jp/fairy/index.html
「FairyTales 妖精物語」。非常に参考になりました。

Http://www.chitanet.or.jp/users/10010382/
「アーサー王伝説とケルト伝説」。

Http://www.eigotown.com/culture/special/bac
「eigotown.com」の「あなたが知らない素顔のアイルランド」のコーナー。話題豊富です。

Http://home.netcom.com/~walshdw/iremaps.htm
「地図で見るアイルランドの歴史」。英語です。

Http://celtdigital.org/
ケルト文化が凝縮。「ケルズの書」などもここで見ることができます。英語

Http://www.akula.com/~blakeley/musi
アイルランド音楽を集めたサイトはたくさんありますが、ここでは楽譜付きで聞くことができます。英語

Http://www.celtic-art.net/index2.htm
ケルトの美術・デザインに詳しいサイト。見ているだけでも飽きません。英語