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ピーナッツ秘話 世界史小ネタ第69回

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健康食品として見直されつつあるピーナッツ。毎日30粒で心臓病が激減するとか。100年ほど前、アメリカでピーナッツの普及に生涯を捧げた一人の黒人学者がいました。ピーナッツがたどった数奇な運命とは。

「落花生」という名前の由来は、茎に咲いた花が根を伸ばし,土にもぐって土の中で実を育てるところから。「pea」とはエンドウ豆のことで、「nut」は木の実。「木の実のような豆」とはよく言ったもので、インゲン豆などに近い豆科の植物だそうです。

原産地は南米。古代ペルーの人々は4000年も前からピーナッツを食べていたことがわかっています。アステカ族は解熱剤として使っていたようですが、カリブ海では重要な食料に。16世紀アメリカ大陸にやってきたスペイン人やポルトガル人はこの不思議な植物に気づいていましたが、頭痛や目眩がするといってあまり食べませんでした。

寒冷なヨーロッパでは普及しませんでしたが、アフリカに伝わると、トウモロコシやキャッサバ(ともにアメリカ大陸原産)同様貴重な食料源に。タンパク質分が26%と高く、オリーブにも負けない良質の油が魅力。アフリカ西海岸のガーナ、セネガル、マリではシチュー料理の欠かせない材料になり、インド、東南アジア、中国では野菜の一種として食卓にのぼりました。

ピーナッツ料理をアメリカを持ち込んだのは西海岸出身の奴隷たちでした。白人たちが牛や豚の餌だと言って決して口にしなかったとき、彼らは故郷でそうしていたようにピーナッツで栄養を補いました。状況を変えたのは1860年代の南北戦争。食糧不足に悩まされた南軍兵士たちは戦場食として、ピーナッツをぽりぽり。やがて戦争は終わりましたが、その風味は白人たちの舌にもしかっり刻まれました。

しかし、もし奴隷出身の植物学者カーヴァーの活躍がなければ、ピーナッツは今日ほど普及してなかったでしょう。苦学してアイオワ州立大学を卒業した彼は、アラバマの黒人大学として名高いタスキーギ大学で教鞭を執ることに。当時南部ではゾウムシによって綿花が大打撃を受けていました。

研究を重ねたカーヴァーはピーナッツを輪作することが最も効果的だと確信します。しかし商品価値のない作物をわざわざ1年おきに栽培するほど世間は甘くありません。彼はそこでシャンプーから印刷用インクまで300種類以上のピーナッツ製品を開拓。ピーナッツが決して無為無用の作物ではないことを証明して見せたのでした。

現在のアメリカ人は平均すると年間6ポンド(約2700グラム)ものピーナッツを消費しています。ピーナッツバターをたっぷり塗ったサンドイッチは子どもたちの弁当の定番だとか。このバターがカーヴァーの実験室から生まれたものであることは言うまでもありませんね。

参考にしました

リンク

Http://www.ktv.co.jp/ARUARU/search/arupeanuts/peanuts1.html
1年前の『あるある大事典』のピーナッツ編。ピーナッツの効用の実験データはここから。

Http://www.peanut-institute.org/index.html
ピーナッツ研究所のサイト。

Http://www.xs4all.nl/%7Echayes/pindaka
ピーナッツバターのサイト。

Http://www.lib.iastate.edu/spcl/gwc/
アイオワ州立大学のカーヴァーに関するページ。最もまとまっています。

Http://www.nps.gov/gwca/"
カーヴァーの生地に建てられたナショナルモニュメント。「Inndepth」から詳しい彼の生涯などを知ることができます。

Http://www.simpson.edu/dunn/ArchivesHTML
カーヴァーが最初に学んだシンプソンカレッジのサイト。研究室での彼の写真などが見られます。