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ゴールド=ラッシュ 世界史小ネタ第67回

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「かがみ込んで金を拾いあげることをいとわない人間であれば誰でも億万長者になれる」。新聞記事に煽られた人々がカリフォルニアに殺到したのは1849年。彼らは「49ers」と呼ばれました。

「49ers」はアメリカ人に限りませんでした。ヨーロッパから、メキシコから、中国から、そしてオーストラリアから。この年だけで8万5千人が大移動。うち4万人は船で、1万5千人はメキシコから、3万人はロッキー山脈越えの「カリフォルニアトレイル」で。カリフォルニアにおける非インディアン人口は1848年の1万4千人から1852年の22万人に激増しました。

「トレイル」(trail)とは西部を目指した幌馬車が行き交った街道。中部州の人々はお金を出し合い、幌馬車隊を編成して、3500キロメートルを2ヶ月余りかけて横断しました。彼らの多くは馬に乗ったこともないアウトドアの未熟者。口車に乗せられて「金掘りマシン」や「金洗い装置」を買わされ馬車に積んだものの、重すぎて途中で投げ捨てる始末。

インディアンに襲撃されて全滅した隊もありましたが、それは例外で、多くのインディアンは友好的であったといいます。それでも水の調達には苦労したようで、ネヴァダ砂漠で待ち受ける極悪商人に、1ドルで、ひどい時には100ドルでグラス1杯の水を買わされたとか。壊血病やチフスが蔓延し、これで両親が命を落し子どもだけが残された、というケースも。

あまり知られていないことですが、東海岸の多くのアメリカ人は海路を選択しました。これには2コースが。南米最南端のホーン岬を回るコースとパナマ地峡越えのコースと。ホーン岬経由は通常8ヶ月ほど要しましたから時間的には最も不利。しかも岬は複雑な海流と荒れ狂う波風が待ちかまえる海の難所。それでも、一人数百ドル支払えば一挙に目的地まで連れて行ってくれる船旅は大いに魅力的だったのかもしれません。

これに比べると、パナマ地峡越えは確実に時間を節約できるように見えました。大西洋岸で下船すると、カヌーとラバを使って3日間のトレイル。しかし途中には黄熱病やマラリアといった熱病の潜む沼が。太平洋側に無事到着できたとしても、カリフォルニア行きの船に乗れるかどうかは運任せ。この途中下車は数日で済むこともあれば、数ヶ月を要することもまれではなかったとか。

1850年代に入って大挙して押し寄せた中国人が、広東からサンフランシスコまで4週間から8週間で到達したことを考えると、当時のアメリカの東海岸と西海岸がいかに遠く隔たっていたかがわかりますね。この距離を一気に短縮しようとしたのが大陸横断鉄道。しかしその完成は20年も後のことでした。

現在「49ers」はアメフトの「サンフランシスコ49ers」のニックネームに。しかし何十万というアメリカ人が共通のはかない夢を見、辛酸をなめ、同時に自由のすばらしさを知ったことは、発見された金の量以上に重要なことではなかったでしょうか。「ゴールド=ラッシュ」関連サイトの膨大な量に圧倒されながら、今日のアメリカ人の原点がここにあるのでは、と密かに思うのは私だけではないでしょう。

参考にしました

ゴールド・ラッシュ物語―汗と孤独の遺跡
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リンク

Http://www.windjammer.net/coloma/
金の最初の発見者ジェームス・マーシャルのサイト。

Http://www.malakoff.com/goldcountry/
数あるゴールド=ラッシュのサイトの一つですが、リンクが多く、イメージ資料豊富。

Http://www.pbs.org/goldrush/
PBSのサイト。分かり易くまとめられています。

Http://www.californiahistory.net/index.htm
カリフォルニアの歴史。ヴィジュアルで分かり易い。ゴールド=ラッシュ周辺のことがわかります。

Http://www.isu.edu/~trinmich/
オレゴントレイルのサイト。カリフォルニアトレイルはこの途中から分岐しています。

Http://www.goldrush.com/~joann/
知られざるゴールド=ラッシュの中の女性たち。隠れた歴史を掘り起こしたサイト。