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ハワイ最後の女王 世界史小ネタ第58回

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ハワイがアメリカの一部になって100年。今や先住のポリネシア系ハワイ人たちは「楽園」を飾るアクセサリーの一部に。しかし先住民のためのハワイを模索した一人の女性がいました。最後の女王となるリリウオカラニです。

ハワイ諸島がイギリス人ジェームス・クックによって偶然「発見」されたのは1778年。タロイモ中心の自給生活を送ってきた人々にとって、近代文明との最初の遭遇であり、同時に悲劇の始まりでした。部族間抗争の絶えなかった島が、西欧の武器と戦略を携えたカメハメハによって統一されたのがその二十数年後。ハワイは王国時代を迎えます。

19世紀の王国は独立を守りつつも否応なく世界経済の波に飲み込まれた時代。捕鯨船の寄港地として、サトウキビやパイナップルの栽培地として。白人のプランテーション経営者は農園を拡大し、日本人などの移民を受け入れ、王国の有力者となりました。

1838年に生まれたリリウオカラニは西洋式の教育を受け、ヴィクリア女王の50年式典に出席したほどの西洋通。しかし、彼女は決してネイティブの言葉を忘れず、ハワイの伝統に強い誇りを持っていました。音楽的才能に恵まれ165以上の曲を書き残していますが、中でも「アロハオエ」は有名ですね。

1881年、彼女の兄でもあった王カラカウアが不在中、痘瘡が猛威をふるい、多数の原住民の命を奪いました。中国人移民が持ち込んだものと判明し、彼女は躊躇なく港を閉鎖しました。プランテーション経営者たちは猛反発しましたが、彼女の政治姿勢はますます鮮明に。

兄の死後王位を継承した彼女は、密かに原住民の権利を盛り込んだ新憲法をつくろうとはかります。しかし、米国政府は砂糖市場でのハワイ砂糖の特権を取り上げてこれに対抗。危機に瀕したプランテーション経営者たちは合衆国への併合に一縷の望みを託しました。

1893年の1月16日、武装した兵士が宮殿を包囲。彼女はなす術なく降服。ハワイ王国は滅亡し、白人たちの共和国に。1898年米西戦争が始まると、マッキンレー大統領はためらうことなくハワイを併合しました。

初代の知事に就任したのがドール。この弟ジェームズ・ドールがハワイで起こしたパイナップル缶詰会社が、今日のドール社に。ハワイを踏み台にのし上がっていたアメリカの代表的な「アグリビジネス」ですね。

数年前、一人のハワイ原住民が130年前に遡って白人に奪われた5000エーカーの土地の返還を求めて裁判を起こしました。結果、公文書偽造などが明るみにでて原告側の勝利に。リリウオカラニの夢見た「ハワイ人のためのハワイ」が実現する日はやってくるのでしょうか。

参考にしました

ハワイ王朝最後の女王
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小説としても情報としても曖昧。
ハワイ王朝の悲しい歴史
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泣きました。

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リンク

Http://www.pbs.org/wgbh/amex/hawaii/
リリウオカラニの生涯。ネタ元です。

Http://www.asahi-net.or.jp/~rf2s-asm/
「布哇文庫」。ハワイに関する書物など網羅的に紹介されていてたいへん参考になりました。

Http://www.legendaryhawaii.com/
「ハワイの神話と伝説」。この中の「ハワイの歴史」は非常に整理されていて参考になりました。

Http://allabout.co.jp/family/
allabout の「ハワイで暮らす」。情報量が多い。

Http://www.geocities.com/TheTropics/7557/
キャプテン・クック。英語。

Http://www.smn.co.jp/insider/comm
「ハワイ独立運動の軌跡」。土地返還訴訟のことはここで知りました。

Http://www.dole-plantation.com/
ドール社のサイト。パイナップルの歴史に触れています。