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タラから見た世界史 世界史小ネタ第56回

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タラは漁獲高ナンバーワンの魚類の王様。北欧のみならず世界中の食卓に欠かせません。小麦や米に劣らない役割を果たしてきたタラの歴史とは。

タラ( cod あるいはcodfish )は「鱈腹食べる」という表現があるように、たいへん貪欲な寒流系の魚です。比較的捕獲しやすかったようで、ジョン=カボットが500年前カナダのニューファンドランドに到達したとき、船員たちは大量のタラをバケツですくった、と記録されているほど。白身で脂肪分が少なく美味で、食料の乏しい北方の人々にとっては貴重な蛋白源でした。

9世紀から10世紀にかけて、ヴァイキングの一部はタラを追い求めてスカンジナビア半島からアイスランド、グリーンランドを発見し、コロンブスより500年早く現在のアメリカ大陸にたどり着いています。緑のないグリーンランドで彼らの食生活を支えたのがタラ。寒風に晒して干物にすると味の良い保存食に。干しダラは今もアイスランドの貴重な輸出品です。

タラの保存法としてもうひとつ塩漬けがありますが、これはバスク人たちの伝統産業でした。バスク人とは今もピレネー山脈周辺に生きる孤高の民族。非印欧語であるバスク語を話し、独自の文化を守ってきました。日本人にはフランシスコ=ザビエルの祖国としてなじみ深いですね。いくどとなくスペインやフランスに征服されそうになりましたがそれをはねかえすことが出来たのは、塩ダラのもたらした経済力のおかげ。バスク人の塩ダラはたいへん日持ちがよく引っ張りだこだったとか。

北海のタラを独占しようとしたハンザ同盟に対して、イングランドのブリストルの商人たちはジェノバ人ジョン=カボットに資金を与え、新大陸を探険させませた。彼はタラのひしめく豊饒の海をニューファンドランド(新たに発見された土地)と名付けました。「コッド・ラッシュ」の始まりです。しかしここにはすでにバスク人漁師たちが先回りしていたという説も。

おかげでイギリス人は「フィッシュ・アンド・チップス」をはじめ、世界の30%を食べるタラ好きに。日持ちがよくかさばらない干しダラは英国海軍の胃袋も支えました。ピルグリム=ファーザーズが入植したニューイングランドはニューファンドランドに続く有力なタラの漁場。マサチューセッツ湾のタラ漁の繁栄がボストンを生みました。「タラ貴族」があちこちに生まれ、州議事堂には木彫りの「タラ」が今もつり下げられているとか。

イギリス人と並んでタラをよく食べるのがポルトガル人。この国には何百種類というタラ料理があるそうです。ボストン港に集められたタラの一部はカリブ海に輸出されました。砂糖プランテーションで働く奴隷たちの安価な食材になったからです。塩ダラのピラフはプエルト・リコやジャマイカの代表的な郷土料理になりました。

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リンク

Http://www.iris.or.jp/~ysijouci/
タラに関する日本語のページ。

Http://home.online.no/%7Eperkaa/winter.html
ノルウェーのロフォーテン島。タラ漁の基地として有名。冬の風物詩「タラの寒干し」の写真があります。

Http://www.umaine.edu/aquaculture/Cod/
タラ漁の歴史。バスク人たちの活躍について触れています。

Http://www.st-pierre-et-miquelon.com/
ここではバスク人は16世紀にニューファンドランドにやってきたと説明されています。

Http://www.cityofboston.gov/freedomtrail/
ボストン市のホームページ。州議事堂の木彫りの「タラ」の由来に触れています。