縮れ毛の古代エジプト人は好んで直毛のかつらを着用し、古代ローマでは、征服したゲルマン人の金髪のかつらが女性たちを魅了したとか。しかし、かつらが権力や地位と結びついて発展したのは近代のイギリスとフランスでした。
有名な話ですが、イギリスの法廷では今も裁判官や弁護士が白いかつらを着用してますね。イギリスで最初にかつらを導入したのはエリザベス女王。80種の色とりどりのかつらを使い分けたとか。しかし彼女にとってのかつらは香水や宝石などと同様ファッションアイテムの一つ。イギリス王室に権力の象徴としての男性かつら持ち込んだのはフランスに亡命していたチャールズ2世と言われています。フランスの宮廷ではすでにかつらは王侯貴族の必需品になりつつありました。
フランスで最初にかつらをかぶったのは若はげのルイ13世。でも次のルイ14世が肩まで垂れ下がったボリュームいっぱいのfull-bottomed
wigs をつけると、貴族たちの間にかつらブームが起きました。ふさふさとした華麗なかつらはバロック時代の王権の象徴。フランスのみならずヨーロッパ中の貴族たちがこの習慣をわれ先にと取り入れました。
18世紀後半のロココ文化の時代になるとかつらの主役は女性たちに。ポンパドゥール夫人やマリー=アントワネットによって、おしゃれへの欲望が解き放され、ファッションセンスが研ぎすまされました。最初のモード雑誌が出版され、1760年代末のパリには1200人の髪結い師が腕を競ったとか。
当時3000以上あったと言われているヘアースタイルのなかでも、特に目立っているのが1770年代から革命までの十数年間に登場した巨頭ファッション。「タワー」などと呼ばれ、高く盛り上げられた髪に羽毛、花、リボン、果物、果ては鳥かご、馬車、軍艦を乗せました。低いものでも6、70センチ、高いものではなんと1.8メートルに達したとか。傾けないようすり足で歩かざるを得ないので、たしかに優雅な身のこなしには役立ったようですが。
夜寝るときはつっかい棒をしなければならないし、蒸れてあまりにかゆいので自分の髪は剃ってしまったとか。馬車に乗るときも一苦労。窓から顔を出したまま載ったり、床に座ったり。シャンデリアのろうそくで火事になったこともしばしばで、命がけのへースタイルでした。
これらの髪はヘアーパウダーで白く染められました。グリースやポマードをつけては小麦粉を振りかけ髪を固定しました。髪を白くすると顔の表情が軟らかくなるからだそうですが、何だか現代日本人の茶髪ブームとよく似てますね。貴族たちがあまりに頻繁に小麦粉をふりかけるので食料不足を招き、革命の遠因になりました。
巨大かつらはルイ16世、マリ=アントワネットの処刑ととも一瞬にして姿を消しました。革命時代以降はギリシャ風の短髪が主流に。かつらと王権のただならぬ関係を暗示していますね。
参考にしました
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