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治療する理髪師 世界史小ネタ第53回

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18世紀の中ごろまで、ヨーロッパで理髪師といえば簡単な手術を施す町の外科医でもありました。「barber-surgeons」(理髪兼外科医)と呼ばれ、髪をカットする剃刀で腫れ物を切開し、骨を繋ぎ、歯を抜きました。

「セビリアの理髪師」フィガロは世界一有名な理髪師ですが、客の求めに応じて血を抜いたりする「何でも屋」として描かれています。1685年生まれのドイツ人音楽家ヘンデルの父は息子を法律家にするため、理髪兼外科医として勤勉に働きました。

理髪業は古くからある職業ですが、紀元前3世紀にローマに伝わり、広く普及しました。自由市民たちはここでひげを剃ってもらいましたが、奴隷たちには許されませんでした。Barberはラテン語のあごひげにあたるbarbaから来ているとか。

ヨーロッパ中世の後期になると、十字軍遠征などを契機に高度なイスラム医学が伝えられました。イブン=シーナー(アヴィケンナ)の『医学典範』はラテン語に翻訳され17世紀まで大学の医学教科書として使われていたとか。12世紀にはイタリアのサレルノに最初の医科大学ができました。

当然、大学で学んだ外科医とトレーニングを受けていない理髪師は区別されていました。しかし14世紀のペストの大流行で医者の人材難が生じ、両者の垣根は低くなりました。フランスでは1391年に、イギリスでは1540年に二つのギルドが統合され、「barber-surgeons」が生まれました。

Barber-surgeons の処置で知られているのは「瀉血」(血を抜くこと)。悪い血を抜くことは有効な治療法と考えられていたようで、頭痛持ちから痛風患者まで気楽に足を運びました。腕に傷を付けるやり方ありましたが、もっと簡単なのは「ヒル」を使うもの。自分の血を吸って肥え太っていくヒルをながめる患者の心境はいかに。

静脈を浮き出させるために患者に握らせた棒があの理髪店のシンボルである「ストライプのポール」になりました。ポールの頭部には真鍮製のお椀をかぶせてありましたが、これはヒルを入れ、血を受けるための容器の象徴とか。白い色はもちろん包帯で、赤い色は血を表しています。血の付いた包帯を乾かすためにポールに立てかけておくと、風にふかれてくるくる回転し、赤と白の渦巻き模様をつくったのがポールの由来とか。一説では青い色は静脈を表すとも。

18世紀の中ごろようやく外科医と理髪師は完全分離され、「Barber-surgeon」はただの理髪店になりました。しかし、多くの理髪店はその後も「ストライプのポール」を店先に立て営業を続けました。

参考にしました

リンク

Http://www.riyo.or.jp/library/s_menu.html
理容の歴史。日本語。参考にしました。

Http://www.brownshair.com/history.htm
理髪師の歴史。英語。参考にしました。

Http://village.infoweb.ne.jp/~suzume/IlBarbiereDiSiviglia.htm
オペラの内容を紹介しているサイト。「セビリアの理髪師」が詳しい。

Http://www.twingroves.district
barber-surgeons のギルドを紹介しています。上の文のネタ元です。

Http://www.bbc.co.uk/education/medici
ヨーロッパ医療史を子供向けに解説。

Http://www.geocities.com/thesciencefile
見たい人はどうぞ。でっかいヒルです。治療用に使われたことが載ってます。