16世紀は、世界がもっともドラスティックに変化した時代。旧大陸と新大陸の壁が取り払われ、ヒトとモノが地球規模で移動しはじめました。その原動力は銀。16世紀中ごろに相次いで発見された銀が世界を一つに結びつけました。
一つは新大陸産の銀。なかでも4000メートルのアンデス山中で発見されたポトシ銀山(現ボリビア)は世界一。ポトシとは古代インカの言葉で「耳をつんざく騒音」という意味だとか。アマルガム法が導入されたこともあって、生産量は飛躍的に増大。1545年の発見以来わずか30年でポトシの人口は12万人を越え、新大陸最大の都市となりました。サン・ロレンツォ教会やサンタ・テレサ修道院などが豪華さを競い、「ポトシの如く豊かに」という言葉があるぐらい、町は繁栄しました。
これに負けなかったのが日本の銀。とりわけ1526年に発見された石見銀山(島根県)はポトシに匹敵する銀山。灰吹法(はいふきほう)の開発もあって質の高い銀が大量生産され、尼子氏と毛利氏が激しい争奪戦を繰り広げました。一説によれば最盛期(江戸初期)の人口が20万人。外港の温泉津港には毎日80艘もの千石船が出入りし、不夜城が築かれたとか。
日本から中国に輸出された銀は年間200トンにも及び、生糸、陶磁器、銅銭等と交換されました。一方スペイン人によってヨーロッパに持ち帰られた新大陸産の銀もまたアジアに環流し、絹や陶磁器と交換されました。銀はいわば世界通貨として、東西貿易の潤滑油になりました。
一方で、銀は多くの人の命を奪いました。コカの葉を噛みながら苛酷な採掘労働を強制されたインディオたち。見かねた修道士ラス・カサス(彼の父はコロンブスとともに航海)が「インディアスの破壊」を告発したのは有名な話。インディオの人口はスペイン人による虐待で激減しました。
資源が枯渇すると、人影が消えていくのが鉱山の運命。今や二つの銀山に昔日の面影はありません。町の所々に残された不釣り合いに重厚な建築物が往事の繁栄ぶりを伝えています。
参考にしました
| 南米ポトシ銀山―スペイン帝国を支えた“打出の小槌” | |
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| インディアスの破壊についての簡潔な報告 | |
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リンク
Http://www.britannica.com/eb/arthttp://www.tbs.co.jp/heritage/20010
TBS「世界遺産」で紹介されたポトシ銀山。1987年登録。
Http://www.economics.utoronto.ca/mu
「価格革命」の貴重な資料。トロント大学。
Http://www.joho-shimane.or.jp/c
石見銀山資料館。世界遺産登録を目指しています。
Http://www.pref.shimane.jp/section/
島根県の石見銀山資料
http://www.lascasas.org/
ラス=カサスのページ
http://history.evansville.net
大航海時代ノリンク集