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蘇る汗血馬 世界史小ネタ第45回

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走力とスタミナ、そして強靱な精神力を兼ね備えた理想の馬が西方の彼方に。張騫の報告を聞いた武帝はなんとしてもこの馬を手に入れたいと考えました。「汗血馬」が変えた中国の歴史とは。

モンゴル高原の馬

東方の馬は胴が太く、足が短いモンゴル原産種。兵馬俑の馬もこれですね。

この馬を巧みに操つる匈奴が北辺を脅かします。武帝は長城を築き、時には絹を送って懐柔を試みますが効果なし。そこで張騫を派遣し、匈奴挟撃作戦を画策しましたがこれも失敗。ところが張騫は「大宛国」に名馬ありという情報を持ち帰ります。

フェルガナ

大宛国とはシムダリアの上流のフェルガナ盆地に栄えた草原の国。アレクサンドロスの遠征の東端に位置し、古来諸文明の交錯する地域でした。現在はウズベキスタン、タジクの一部。司馬遷は『史記大宛列伝』で、オアシスで暮らす人々はワインを飲み、多くの良馬を飼っている、と記しています。

李広利の遠征

武帝は馬を譲って欲しいと大宛に使者を送りましたが、殺されてしまいます。怒った武帝は李広利を隊長に、2度に渡って大軍を派遣。数多くの汗血馬が中国に持ち帰られました。汗血馬が匈奴との戦いに大活躍したのはもちろんですが、同時にこの遠征路がのちのシルクロードに発展し、東西交易の舞台になりました。

唐三彩

時代は移って唐代。黄巾の乱以降すたれていたシルクロードが再び活況を取り戻した時代です。この時代の代表的な焼き物である唐三彩にはよくらくだや馬の姿がみられますが、それには理由があります。当時の貴族にとって名馬を所有することは一つのステイタスシンボル。彼らはあこがれの西域産のらくだや足長の汗血馬を副葬品として自分の墓に埋めたのでした。

蘇る名馬

「汗血馬」とは実際どのような馬だったのか。これに近いと思われる馬が最近注目を集めていることを知りました。

それはアカール・テケ(AKHAL-TEKE)というトルクメニスタン原産の馬。最古の馬の一種で、古代中央アジアの馬の特徴をよく受け継いでいるようです。

アラブ種より古く、一説に寄れば、サラブレッドの始祖ダーレイアラビアンもこのアカール・テケだった可能性もあるとか。耐久性とスピードに優れ、オリンピックの馬術で金メダルを獲得したことも。

武帝が求めてやまなかった「汗血馬」がドイツやアメリカのブリーダーたちによって現代に蘇るとしたらこんな素晴らしいことはありませんね。

参考にしました

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リンク

Http://www.aurora-net.or.jp/doshin
シルクロード紀行。日本語。

Http://www.equinfinity.com/history.html
馬の歴史全般。

Http://www.equiweb.co.uk/societies
アカール・テケについて。

Http://www.imh.org/imh/imhmain.html
馬の博物館。アメリカ