目で見る世界史 TOP 






ダイヤモンドストーリー 世界史小ネタ第44回

関連する小ネタ
1
2
3
4

関連するリンク
1
2

今や日本人の婚約指輪の98%はダイヤモンドだとか。でもダイヤのリングがこれほどポピュラーになったのは、ヨーロッパでさえ19世紀以降のこと。「永遠の輝き」に秘められた歴史とは。

インドからベネチアへ

ダイヤモンドを最初に発見したのはインド人。18世紀に至るまでインドの特産品でした。ペルシャやアラビアを経て、コンスタンチノープルやベネチアに知られるようになりました。「カラット」という言葉はアラビア語の「qiret」(4粒の穀物の重さ)から。最初の研磨技術はベネチアで生まれたと言われています。

アントワープのユダヤ人カット職人

15世紀末インド航路が発見されると、リスボン経由でアントワープ(現ベルギー)に運ばれるようになりました。アントワープには、ダイヤの原石をカットして多面体に整形する職人が集まっていたからです。その多くはユダヤ人でした。「Cut in Antwerp 」というラベルは今も一流の証だとか。

16世紀末オランダ独立戦争が始まると、職人たちはアントワープからアムステルダムへ逃れてゆきました。

話は飛んで第2次大戦前夜。激しいナチスの迫害を受けたユダヤ人職人の多くが、今度は逆にオランダからベルギーへ。戦後アントワープは再びダイヤ加工の中心地として復活しました。今では世界中のダイヤの半分以上がアントワープを経由していると言われています。

ボーア戦争とデビアス社

もし1866年に南アフリカで大鉱脈が発見されなかったら、ダイヤは今日ほど普及していなかったでしょう。「ダイヤモンドラッシュ」が始まると、世界中から一攫千金を夢見る男たちが集まってきました。「帝国主義者」として名高いセシル=ローズは、ロスチャイルド財閥の支援をバックにデビアス鉱山会社を設立。一躍ダイヤ争奪戦の覇者になります。

1899年イギリスはオランダ系移民の末裔であるボーア人と戦争を始めました。彼らの居住地にダイヤと金が大量に埋蔵されていることがわかったからです。デビアス社は鉱山の買収をいっそう進めて南アフリカのダイヤを独占することに成功しました。

深さ1200メートルのキンバリーのビッグホールは人間が掘ったもっとも深い穴だとか。熱くじめじめした地中でダイヤ掘りの危険な作業を強いられたのは黒人たちでした。彼らから人間としての誇りを奪い、反抗心を根こそぎにするための政策。それが「アパルトヘイト」でした。

第1次大戦後、世界各地でのダイヤ発見により、デビアス社の支配力は低下します。そこで会長に就任したアメリカ系ユダヤ人のオッペンハイマー は、ダイヤモンドの値崩れを防ぐために、国際的なダイヤシンジケートをつくりました。生産から加工、販売をほぼ一社のコントロール下に置くという、他産業ではみられない特殊な独占市場はこうして生まれました。

完璧な価格統制と巧みなコマーシャルによって、いつのまにかエンゲージリングはダイヤでなければと思いこまされてしまった日本人はデビアス社の最高のカモだったんですね。

参考にしました

ダイヤモンド―輝きへの欲望と挑戦
マシュー ハート Matthew Hart 鬼沢 忍

早川書房
2002-08
売り上げランキング 77,777


Amazonで詳しく見る
by G-Tools

リンク

http://www.nihongo.com/diamond/diamond.htm
ダイヤモンドの各種情報が詳しく解説されてます。日本語。

http://www.amnh.org/exhibitions/diamonds/
American Museum of Natural History のダイヤモンドに関するページ。 おそらくもっとも詳しいダイヤモンドの解説でしょう。

http://www.adiamondisforever.com/
デビアス社のホームページ

http://www.diamonds.co.jp/diamond/dh
ダイヤモンドの歴史。日本語