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ジーンズの歴史 世界史小ネタ第43回

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ジーンズはコーラ、ハンバーガーと並ぶ、アメリカ産世界文化のチャンピオン。カリフォルニアの金鉱掘りの作業着が、どのようにして世界共通のファッションになったか。そのルーツをたどってみましょう。

舞台は19世紀半ばのサンフランシスコ。一人のユダヤ系ドイツ移民が、幌馬車の覆いなどに使うキャンバス地を手広く販売しはじめました。その名はリーバイ・ストラウス。しかし、彼がジーンズの直接の生みの親ではなかったようです。

同じヨーロッパ出身のジェイコブ・デービスはリーバイのキャンバス地でズボンをつくっていました。客からポケットがすぐ破れていまうという苦情を聞かされていた彼は、ある日思いつきます。ポケット部分にリベットを打ち込んでは、と。資金がなかった彼はアイデアをリーバイにもち込みました。両者はこの一工夫で特許をとり、1870年代最初の「ウエスト・オーバーオール」を世に送り出しました。

「ジーンズ」とは「ジェノバ」という意味で、ジェノバ産のコットン地のこと。「デニム」は「Serge de Nimes」、つまり「Nimes」(フランスの地名)産のサージをさしました。ともに古くから衣料用に使われてきましたが、とりわけデニムはコロンブスの 船の帆にも使われたぐらい丈夫な布地だったとか。リーバイ・ストラウス社は売り出し中の藍色の作業着をもっぱらデニム地でつくるようになりました。

誕生から数十年間、金具で補強された「デニムオーバーオール」はたしかによく売れたようです。でも、その範囲は西部を出ず、用途も作業用に限られていました。1950年代になるまでは。

リーバイ・ストラウス社もビックリしたという、突然の大爆発の震源地はハリウッドでした。ジェームズ=ディーン(『理由なき反抗』など)はスクリーンのなかでデニムのパンツをさりげなくはきましたが、これがなかなかきまっていたんですね。たとえ作業着であってもかっこいいものはかっこいい。大人お仕着せのファッションに飽き飽きしていた若者達の感性が敏感に反応しました。アメリカ中の若者達にこのパンツが広がっていくのに時間はかかりませんでした。意図的だったのかどうかわかりませんが、「オーバーオール」に代わって、「ジーンズ」という言い方が定着したのもこのころでした。

話は飛んで1980年代後半。皆さん覚えておられるでしょうか。壁の向こうから突然やってきた東欧の青年達がそろいもそろって洗い晒しのジーンズをはいていたことを。ジーンズは単なるファッションではない。一部の人々にとっては「西欧民主主義」という政治理念の象徴でもあったのです。

参考にしました

ジーンズ物語―「アメリカ発世界文化」の生成
三井 徹

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アメリカ西部史
中屋 健一

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リンク

http://www.sakuranet.or.jp/~kigaru/levis/index.htm
ヴィンテージリーバイスなどを販売してるサイト。「リーバイス史」が便利。

http://www2.gol.com/users/bobkeim
ジーンズの簡潔な歴史。

http://www.levistrauss.com/
リーバイ・ストラウス社の歴史。ここに詳しい「ジーンズの歴史」があります。

http://www.straw.com/sig/dyehist.html
ここでは触れられなかったインディゴなどの染色史。