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梅毒のルーツ 世界史小ネタ第34回

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梅毒ほど国によって呼ばれ方の違った病気はありません。イギリス人は「フランス病」、フランス人は「ナポリ病」、イタリア人とオランダ人は「スペイン病」、ポルトガル人は「カスチリア病」、ロシア人は「ポーランド病」、ポーランド人は「ロシア病」と呼びました。日本では「琉球病」と呼び、琉球では「南蛮病」と呼んだそうです。

梅毒(Syphilis)といえば、コロンブスがジャガイモやトマトとともに新大陸から持ち帰り大流行した、というのが定説ですね。しかし、たまたまコロンブスの帰ってきた2年後に梅毒が流行しただけで、コロンブス(本人ではなくそのクルーの一人)犯人説にそれほど明白な根拠があったわけではありません。ヨーロッパには従来からイチゴ腫(yaws)と呼ばれた同症状の病気があり(これは性交渉なしに感染したそうです)、それが変異した可能性も大きく、梅毒の起源を巡る論争は500年間続けられてきました。

ところが、最近になって、骨の形態の考古学が発展し、イチゴ腫にかかった人の骨は手足に習慣的な困難がみられるが、逆に梅毒では向こう脛や脛骨の変形が見られる、などの違いが明らかに。これを当てはめると、新大陸の人骨には梅毒にかかった後があるが、コロンブス以前の旧世界の骨には、梅毒にかかった形跡は全くないことがわかり、コロンブスはますます分が悪くなってしまいました。


今日では梅毒患者に接する機会は少なくなりましたが、ホームページ上ではその症状が紹介されています。体中に腫瘍ができ膿が吹き出し、さらに進行すると骨を浸食し、目、唇、鼻、喉、性器などの組織を破壊するとか。

1493年スペインで大流行した梅毒は、1495年のフランスーイタリア戦争でフランス軍に感染し、瞬く間に全ヨーロッパに広がりました。1498年のバスコ=ダ=ガマのインド航路発見によって、東南アジア、中国へ伝播。1512年には大坂でも発見されていますから、わずか20年足らずで人と人のリンクが少なくとも一本繋がったことになりますね。この恐ろしくて「恥ずかしい」病気を、他国のせいにしようとした当時の人々の気持ちが痛いほど伝わってきます。

参考にしました

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リンク

http://uhavax.hartford.edu/~bugl/hi
症状の写真が出ています。

http://www.archaeology.org/9701/newsb
上の文のネタ元です。