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キャプテンドレイク 世界史小ネタ第32回

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ドレイク船長というとやり手の海賊というイメージが強いですね。実在の人物で、16世紀後半、イギリスの海賊兼海軍司令官として活躍しました。海賊が司令官に出世した、というより、海賊と海軍にそれほど大きな違いのなかった時代のお話です。

1580年、重装帆船「Golden Hind 」に乗って、ドレイクは史上2番目の世界周航をやってのけました。アメリカの最南端マゼラン海峡を苦労して通過すると、そこは格好の猟場。チリやペルー沿岸のスペイン植民地を襲撃して大量の銀を略奪。途中イギリス人としては初めて香料諸島に達し、6トンものクローブ(貴重な香辛料)を手にしました。

プリマス港に帰り着いた彼を出迎えたのはエリザベス一世。「よくぞスペイン船を襲った」と、彼に「ナイト」の称号を与えたことは有名な話。以来「Sir Francis Drake」と呼ばれるようになりました。

ちょっと余談ですが、略奪された船や船員はどうなったか。積み荷が奪われた後、マストが叩き折られて乗組員は海に放置されるというケースが多く、全員虐殺ということはあまりなかったようです。むしろ厳しかったのは、反抗した海賊仲間へのペナルティ。鮫の餌にするか、そうでなければ、わずかな武器と食料だけを与えて無人島に置き去りに。『ロビンソン=クルーソー』のモデルも、実は実際の「島残し」の刑の犠牲者だとか。 

16世紀の末になると、スペインとイギリスの主導権争いはますます激しくなりました。女王はドレイクに「vice admiral 」(海軍中将)の地位を与えます。フェリペ2世率いる「Invincible Armada」(無敵艦隊)がイギリス海峡に集結すると、1588年ついに史上名高いアルマダ海戦が勃発しました。ここでドレイクは海賊の経験と技術を思う存分に発揮。多くのスペイン船を沈めて、女王の期待に応えました。この戦いで壊滅的打撃を受けたアルマダとともに、スペインの命運も尽き果て、時代はやがてオランダとイギリスの時代に移り変わっていきました。

参考にしました

アルマダの戦い―スペイン無敵艦隊の悲劇
マイケル・ルイス

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リンク

http://school.discovery.com/homeworkhel
ドレイクの生涯

http://mmbc.bc.ca/source/schoolnet/explo
The Golden Hind。ドレイクの乗った船

http://www.mariner.org/age/images/drake.gif
ドレイクの航海