目で見る世界史 TOP 






アンダルシア 世界史小ネタ 第20回

関連する小ネタ
1
2
3
4

関連するリンク
1
2

スペインサッカーは地域間の対抗意識が強く、日本とは比較にならないぐらいリーグ戦が盛り上がります。カタロニア語のバルセロナ、孤高の民族バスク、カスチーリアの都マドリード、ケルト系住民の多いぐラ・コルーニャそしてイスラムの色濃い南部アンダルシア。試合になるとみんな地元(民族)意識丸出しで応援します。今年レアルマドリードに突然移籍したフィーゴ選手が元のバルセロナ戦に出たとき、観客は「裏切り者」と90分間罵声を浴びせ続けました。

イベリア半島南部は、様々な人々が移り住み、立ち去った民族の交差点です。カルタゴ、ローマ、ヴァンダル、西ゴートなどがこの地を踏み越えていきました。アンダルシアとはもともと Vandalicia(ヴァンダル人の国)という意味で、8世紀になって、遠くオリエントからやってきたアラブ人たちが al-Andalus とアラビア風になまって現在に伝えました。

イスラム時代は700年間以上続きました。計算してみると、今のカトリック時代よりも長いくらいですね。コルドバのメスキータやグラナダのアルハンブラ宮殿など当時のイスラム文化のレベルの高さを伝える建築物がたくさん残っています。

スペインの代表的料理とされるパエリヤは、もともとアラブ人が持ち込んだshort grain rice を使った料理。ピラフなどに使う long rice は今のスペインでも栽培され、輸出されていますが、パエリヤには使ってはいけないそうです。まだトマトや香辛料がない頃(野菜や香辛料の多くは新大陸産)、ウナギやカエル、カタツムリ、ウサギなどを豪快に放り込みました。人がたくさん集まると、大きな平べったい鍋を野外に持ち出し、そのへんにあるものを適当に米と一緒に炊き込んで、みんなでつつきあったそうです。

イスラム時代の都コルドバは、10世紀には人口50万を数える当時ヨーロッパ最大の都市。70の図書館があり、学芸・文化の先端都市として、世界最高峰のイスラムの学問をヨーロッパに伝えました。『炎のアンダルシア』という映画のなかで登場したアヴェロエスは、このコルドバで活躍したイスラムの代表的知識人です。彼のアリストテレス研究が後にヨーロッパに伝えられ、今日の西洋哲学の基礎が作られたといわれています。

参考にしました

アラブとしてのスペイン―アンダルシアの古都めぐり
余部 福三

第三書館
1992-07
売り上げランキング 195,710


Amazonで詳しく見る
by G-Tools

リンク

  1. パエリヤと米について詳しい
  2. アヴェロエスについて触れています