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チューリップバブル 世界史小ネタ 第17回

チューリップは16世紀の末、オスマン=トルコからオランダに伝えられました。花びらの形が turban(ターバン tolibanとも表記)によく似ているところから Tulip と呼ばれるようになったとか。しかし、そのあまりの華麗さが悲劇を生みました。

スペインから独立したオランダは、17世紀の前半スペインに代わって世界貿易の覇者となりました。東インド会社を先頭に、オランダ人ビジネスマンが世界中に姿を見せるようになり(江戸時代の日本にもやってきてますね)、首都アムステルダムは金融経済の中心になりました。オランダ市民たちもまた、東インド会社(世界初の株式会社)の株主となることによってその分け前に預かりました。

ちょうどこの時、オランダにチューリップが上陸したのです。栽培が難しかったせいで当初は貴族や大商人のステイタスシンボルに。でもその人気はすぐに市民階級に広がりました。いつしか珍しい球根は高値を呼び、Semper Augustus という白と栗色の品種は3000ギルダー(今日のアメリカドルで1500ドル)にも。わずか数ヶ月後には、この値はさらに4500ギルダーに急騰。こうなれば、チューリップ愛好者がチューリップ投機者への道を歩むのに時間はかかりませんでした。

このクレージーなバブルは1637年まで続きました。そしてついにバブルがはじけて、数千人の人々が一夜にして無一文になりました。現在チューリップの球根はオランダの貴重な輸出品になりましたが、オランダ人たちはいまだにこの苦い経験を忘れてはいないようですね。

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リンク

  1. チュリーップバブルの時代を概説
  2. チューリップフィーバー
  3. オランダ基本文献。ここで当時のチューリップ品種の値段がわかる。