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地下鉄道 世界史小ネタ 第16回

Underground Railroad という言葉がアメリカにありました。安全な場所(Station)から安全な場所へ逃亡奴隷たちを運ぶ線路(lines)のこと。先導する人は車掌(conductors)と呼ばれ、運ばれるものたちは積み荷(packages)と呼ばれました。南北戦争前のアメリカ合衆国では、このような秘密の「線路」が至る所にはりめぐらされ、自由を目指す奴隷たちを「運搬」したのです。この鉄道によって、北部の自由州あるいはカナダへ運ばれた人たちは7万人に上ると推計されています。

18世紀から19世紀にかけて、南部では綿花プランテーションが拡大し、それとともに、綿を摘む奴隷労働の需要も高まりました。炎天下のもと、開いた実から真っ白な綿を一つ一つ摘み取っていくという過酷な作業は黒人奴隷の仕事でした。1808年にすでに奴隷貿易が禁止されていたにもかかわらず、奴隷の数は増加の一途をたどります。

一方で、abolitionist つまり奴隷制廃止論者たちの活動も次第に活発になりました。白人(クェーカー教徒が多かったそうです)を含む熱心な活動家たちは、自然発生的に、時には組織的に、南部の奴隷たちを北部に逃がすためのルートを開拓しました。彼らが Station と呼んだ場所とはただの家であったりします。ここで休養と食料を与えられた奴隷たちは次の Station 目指してひたすら歩き続けたのです。

1861年に始まった Civil War(南北戦争)によって、奴隷制度は消滅し、地下鉄道の活動も収束していきます。しかし黒人たちはその後100年間にわたって「元奴隷」という烙印に苦しみ、政治的権利を剥奪され続けました。本当の意味での「奴隷解放」は、1960年代の公民権運動まで待たなければなりませんでした。

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リンク

  1. 地下鉄道の具体的な内容についてわかりやすく説明
  2. 地下鉄道にに関する情報を網羅
  3. 奴隷貿易についてのリンク集