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マルコ=ポーロの視線 世界史小ネタ 第12回

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13世紀のこと、ニコラ=ポーロとその弟マフェオ=ポーロは2度目の中国への旅に出ました。今度はニコラの息子マルコを伴って。カスピ海の南を抜け、パミール高原からタクラマカン砂漠を横断し、大都(現北京)のタルタル人(モンゴル人)の偉大な王の宮廷へ。

3人の中国滞在は17年間にも及びました。フビライとの交流、豪華な宮廷生活、中国で流行していたネストリウス派のキリスト教、そして黄金の国ジパング。マルコが帰国後宿敵ジェノアとの戦いに敗れて捕虜となったとき、獄中での彼の体験談が口述筆記され、『世界の記述』(『マルコ=ポーロの旅』)が生まれました。

残念ながら、この本に関してはさまざまな疑惑が指摘さています。例えば纏足の風習や万里の長城など、当然視野にはいるはずの市民生活が描かれていないこと。マルコの使用している言葉の多くがペルシャの言葉で、中国の言葉が少ないこと。正直なところ、マルコは中国へは行ってないかもしれませんね。

しかし、だとしても、モンゴル支配下の中央アジアに交通網が整備され、大勢のイスラム商人たちが行き来し、そして、マルコが旅の先々で彼らから貴重な、時には脚色された東方の情報を得ることがなければ、『世界の記述』は生まれなかったでしょう。マルコの背後には、記録こそ残してないものの、何千何万という別のマルコ=ポーロがいたのです。彼らによってもたらされた「豊かな東方」というイメージが、後のヨーロッパを突き動かす原動力になっていくことは周知の事実ですね。

参考にしました

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リンク

  1. 『世界の記述』の抜粋の英訳
    http://www.shsu.edu/~his_ncp/Polo.html
  2. マルコの故郷とされるKorcula島のサイト。今はクロアチアの一部。
    http://www.korcula.net/default.htm